国際情勢与太話〜「平和主義者」昭和天皇 〜マリアナ沖海戦敗北で敗戦は確定したのに、戦争を続けた昭和天皇〜

2023/09/12 13:49
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※最後に極めて重要な注意事項あり


現代ニッポン低国の若者の中には、この国が米国や英国と戦争した事を知らない者が居る。それどころか、支那やロシアから侵略されたと思っているバカも居る。かつてソビエト連邦と言う国があった事すら知らない白痴も居る。「義務教育」とは何なのかと考えさせられる。

ニッポン低国の前に「大日本帝國」と言う1868年から1945年までの77年間だけ存在したバカな国があった。好戦的な田舎者連中が作った「帝國」で、プロイセン帝國を真似て、どこから連れてきたか判らない「明治天皇」を国家元首とした。日清戦争及び日露戦争、第一次世界大戦を経て大国気取りが生じて、第二次世界大戦で米英から制裁を受けるに至り、1945年に事実上の国家滅亡となった。その滅亡前に太平洋戦争最大のヤマ場があった。

1944年(昭和19年)6月19日、日本海軍は、絶対国防圏の外縁にあるサイパン島に来襲した米海軍機動部隊(正規航空母艦7、軽空母8、戦艦7、巡洋艦20、駆逐艦67)を発見した。空前絶後の大艦隊と海兵隊及び米陸軍上陸部隊を迎え撃つ為に、日本海軍は「あ号作戦」を発動、海軍史上最大級の大艦隊で出撃した。旗艦大鳳を中心に正規空母3、改装中型空母2、軽空母4、戦艦5、巡洋艦13、駆逐艦20と言う海軍戦力のほぼ全てに相当した。日本陸軍はサイパン島に一個師団を配備した。

この「あ号作戦」の特徴は、戦艦大和、武蔵、金剛、榛名に軽空母3を付けて「囮艦隊」とした事だ。最早、戦艦など海戦の主役ではなく、少しでも米軍を引き付ける為に、日本海軍司令官の小沢治三郎中将は大和や武蔵などを捨て駒として最前部に押し出した。武蔵は事実上の初陣、大和はそれまでに唯の一発も自慢の46cm主砲を発射した事がなかった。この両艦は冷房完備で燃料を食うだけの無用の長物となっていた。

日本海軍の主力は空母大鳳、翔鶴、瑞鶴、隼鷹、飛鷹、龍鳳の6隻であり、大和の後方100海里(約180km)に位置すると言う、徹底した空母至上主義の布陣である。特に翔鶴と瑞鶴は、それまでに米正規空母2隻撃沈と言う日本海軍最高の戦果を上げている。旗艦大鳳は初陣であったが、海軍期待の最新型正規空母だった。ミッドウェー海戦で空母4隻を失って日本海軍は壊滅したと信じる向きが多いが、その2年後にもそれ以上の戦力を残していたのだ。

だが、450機に及ぶ日本海軍の空母艦載機には深刻な問題があった。搭乗員の練度が極めて低い為、空母を発艦出来ても着艦出来ない者が多く、また果たして数百海里先の米機動部隊を発見出来るのか、或いは航路を維持しながらそこまで飛べるのかさえ怪しかった。

更に、新型の零式艦上戦闘機五二型は、エンジン出力が15%程しか向上していないにも関わらず、総重量が50%も増した為、それまでの型の零戦と比較すると運動性能が格段に低下して、米軍F6F-3やF-4U戦闘機とマトモにやり合える戦闘機ではなかった。攻撃機は、それまでの九七式艦上攻撃機から天山一二型、爆撃機は、九九式艦上爆撃機一一型から二二型と彗星一一型に更新されていたが、雷撃と急降下爆撃訓練が殆ど行われていなかったようで、マトモに攻撃出来るのか甚だ疑問であった。

結果は見るも無惨、航空機400機以上喪失、空母大鳳、翔鶴、飛鷹沈没、サイパン島失陥という、これ以上ない程の負け方だった。米軍側の被害は航空機130機のみで、沈没艦は一隻もなかった。空母中心の日本海軍機動部隊は正に壊滅した。

米軍は日本海軍の暗号を全て解読して艦隊の配置まで把握していた為、大和や武蔵が囮艦隊だと判っていた。多数の潜水艦を日本側主力空母群に差し向け、航空攻撃も後方の艦隊に集中させた。「マリアナの七面鳥撃ち」と称されるほど、日本海軍航空機は簡単に撃墜された。現在でもその様子をカラー映像で見る事が可能だが、ほぼ一方的に日本海軍航空隊はやられている。大和と武蔵は無傷で生き残った。米軍側からすれば、この両艦は狙う価値も無かったのだろう。

この海戦敗北後、戦争継続困難と悟った東條英機内閣は総辞職した。当然、その事について東絛総理は昭和天皇にも報告しているはずである。だが、それでも昭和天皇は戦争を止めなかった。よく、戦争を終結させたのは「平和主義者」の昭和天皇だと主張する者が居る。だが、その平和主義者はこの後14ヶ月も無謀な戦争を継続させた。マリアナ沖海戦後の戦闘は、フィリピン、硫黄島、沖縄での絶望的な戦いと神風特別攻撃隊という、無意味に若者の命を捨てさせる亡国路線が採られた。

このヨタ話前段の無駄話に於いて、作者は天皇制批判をしているが、サヨクの批判とは違い、国を滅亡させた事を問題視している。しかも敗戦後の責任も取らず、退位もしなかった。昭和天皇が特攻隊員の慰霊碑に土下座したという話しを聞いた事がないし、被爆者に関しては「仕方なかった」と言った。どれだけ無責任で冷酷な人間なのだろうか?その無責任さは、現代ニッポン低国人の特徴をよく表している。正に、ニッポン低国の象徴が天皇なのだろう。

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