はじめに 以前の拙稿「岡本行夫氏の死去と日米関係に関する一考察」において、岡本行夫氏の経歴、業績等、岡本行夫氏が関わったものと思われる「日米関係の深淵」、そして、岡本行夫氏が果たしたと思われる「日米関係の守役」に関して簡単に触れた。 岡本行夫氏が果たしたと考えられる日米関係の「守」役、岡本行夫氏が覗いてしまったと考えられる「日米関係の深淵」等に関して、さらに踏み込んで触れることを試みてみようと考える。 第二次世界大戦での敗戦と連合軍による占領以降、我が国・日本の外交の基軸は「日米関係」であり続けていることは言を俟たない。 そして、予見し得る近い将来においても(少なくとも今後、10年〜20年間)、我が国・日本の外交における米国のウエィトの大きさは変わらないであろう(すくなくとも現時点で)。 我が国・日本にとって死活的に重要な日米関係において、まず岡本行夫氏が覗いたと考えられる「日米関係の深淵」に関して考察することにより、真の「日米関係」、さらに日米関係において「日米関係の守役」ともいえるような役割を果たしてきたと考えられる岡本行夫氏の言動や業績とそれらの意義等に関し理解する際の補助線になるものと思われる。
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はじめに
以前の拙稿「岡本行夫氏の死去と日米関係に関する一考察」において、岡本行夫氏の経歴、業績等、岡本行夫氏が関わったものと思われる「日米関係の深淵」、そして、岡本行夫氏が果たしたと思われる「日米関係の守役」に関して簡単に触れた。
岡本行夫氏が果たしたと考えられる日米関係の「守」役、岡本行夫氏が覗いてしまったと考えられる「日米関係の深淵」等に関して、さらに踏み込んで触れることを試みてみようと考える。
第二次世界大戦での敗戦と連合軍による占領以降、我が国・日本の外交の基軸は「日米関係」であり続けていることは言を俟たない。
そして、予見し得る近い将来においても(少なくとも今後、10年〜20年間)、我が国・日本の外交における米国のウエィトの大きさは変わらないであろう(すくなくとも現時点で)。
我が国・日本にとって死活的に重要な日米関係において、まず岡本行夫氏が覗いたと考えられる「日米関係の深淵」に関して考察することにより、真の「日米関係」、さらに日米関係において「日米関係の守役」ともいえるような役割を果たしてきたと考えられる岡本行夫氏の言動や業績とそれらの意義等に関し理解する際の補助線になるものと思われる。